こんにちは!KAKAです。
突然ですが、あなたが最後に「手でなにかを書いた」のはいつでしょうか。
勉強、テスト、日誌に読書感想文……
学生のときは、ノートに鉛筆で書くことがあたりまえでした。
しかし大人になるにつれ、次第にそんな機会も減ってくるもの。
とくに近年はデジタル化が進み、「アナログは時代遅れ」といった風潮さえ感じられます。
けれど、じぶんの手をつかって文章を書くことは、実はとっても良いことづくめ。
わたしはジャーナリングということばと出会う前から、
「ちょっと立ち止まって考えたいなあ」
「頭の中がごちゃごちゃしているなあ」
というとき、きまって紙に書き出す習慣がありました。
ずっと続けてきたわたしだからこそ語れる、
ジャーナリングの素晴らしさとその効果について。
じぶんの経験を交えつつ、お話していきたいと思います。
そもそも、「ジャーナリング」って?日記との違い
日記
日々の出来事や事実を、時系列で記録するもの。
ジャーナリング
「書く瞑想」と称されるとおり、マインドフルネスに「じぶんの心と対峙」した結果、書き出すもの。
事実などを書く必要はない。
このように結論づけるのは野暮かもしれませんが、
日記は「後から振り返るためのもの」、
ジャーナリングは「今のじぶんと向き合うためのもの」
と捉えることができます。
「手で書くこと」が脳にいい、その理由とは
PCやスマホでのタイピングと違い、手書きは脳の複数の領域をつかう行為。
以下のように、いくつかの感覚が同時にはたらきます。
視覚「紙にかいた文字をみる」
触覚「紙の手ざわり、ペンの感触」
運動感覚「手先、指先をこまかく動かす」
そのため、新たな発見や記憶の定着につながるという研究結果も出ているようです。
また、頭がいっぱいいっぱいなときも、一度紙に書き出してみることをおすすめします。
書き出す(手放す)ことによって、「これは忘れてもいいんだ」と脳が認識し、とてもスッキリしますよ。
机いっぱいに散らばった資料を、大切なものやそうでないものに分けて、ひとつひとつ整理していく。ジャーナリングは、そんな作業に近いかもしれません。
ジャーナリングのやり方
結論からいうと、「手にまかせて書く」のがベスト。
「この文章はおかしいかな」「もうちょっと上手く書かなきゃ」などといった考えは、
ジャーナリングにはまったく必要ありません。
むしろ、それが邪念になってしまうことも……。
ただ無意識にペンを動かすくらいの状態が、もっとも望ましいカタチです。
● なんのためにやるの?
ジャーナリングの目的は、
じぶんの深層心理、心の根底にあるものをすくいあげること。
大切なのは、あなたがあなたの現在地を知ることです。
「わたしは、この体の状態をこんなふうに感じているんだ」
「あまり気にしていなかったけど、ちょっと頑張りすぎているかもしれない」
ちいさな糸のほつれを辿るように、じぶんの内側に迫っていく。
そんな感覚は、ジャーナリングでしか味わえません。
● なにを書けばいいのか、わからないときは
いざ、なにかを書き出してみよう!と思い立っても、
慣れないうちはなかなか手が動かないこともありますよね。
そんな時おすすめなのは、「いまのあなたの状態」を一文、書いてみること。
「おなか減ったなあ」
「ちょっと眠い」
「なんか気持ちがモヤモヤする」
「爪のささくれが気になる」
という具合に、なんでもOK。
むしろ、くだらなすぎるくらいで丁度いいんです!
ひとまず「(心、からだ問わず)今、この瞬間のこと」を書き出すことによって、
マインドフルネスな状態で二文目、三文目…と続けることができます。
実際のジャーナリングを公開
参考になるかはわかりませんが、実際にわたしが書いたジャーナリングを残しておきます。
「自分の好きなことを思い出す。周りに頼る。余力を残す。
大切なことを一番大切にする。
自分を信じる為に、その時最も肩の荷が下りる選択をする。
気楽でも、がんばることはできる。
“がんばろう”と意気込まなくていいと最近は思う。
シンプルに考えること。健康第一。」

ご覧のとおり、みごとな脈絡のなさ&整合性のなさ!笑
でも、この支離滅裂さがジャーナリングの醍醐味。
なにも気にせず、あなただけのために書いてみてくださいね。
三日坊主でも、習慣に。まずは書くことの愉しさを知る
● 手にとるだけで心が躍る、「ノート」と「ペン」を用意して
わたしが「書くこと」の魅力にきづいたのは、大学生のとき。
ひょんなことから「日々の気付きや思いを書いてみよう」と思い立ち、
意気揚々とロフトに赴き、おしゃれなノートを買いました。
絹のようにうつくしい紙質と、手のひらにおさまる絶妙なサイズ感に一目惚れしました。
● 夜のしずけさのなか、あたらしい自分と出会う
もともと三日坊主なところがあるので、「まあ、数日つづけば御の字かな」くらいの軽いノリではじめました。
いま振り返ると、それくらい気負わずに始めたことが功を奏したんだろうと思います。
夜、ふとんに寝転がって、枕元の灯りだけをつけてノートをひらく。
ペンを走らせるうちに夢中になって、気付けば何ページにもわたってびっしり書いていた、ということもしばしば。
書いている最中はもちろんですが、ペンを置いて読み返したとき、「ああ、わたしはこんな考えや思いを抱えていたんだ」と気づきます。
そうして新たなじぶんに出会えることが、たまらなく愉しかったのです。
何年も続けていくうち、それが「ジャーナリング」と呼ばれることだと知りました。
ただただ「手にまかせて書く」ことが愉しくて、そのメリットも感じていた当時。
「ジャーナリング」と言語化されたことにより、書くことの素晴らしさが裏付けされたようでうれしかったのを憶えています。
最後に
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
いろいろと紹介してきましたが、ジャーナリングは実践してこそ、その魅力を知ることができます。
澄んだ朝に、静謐な夜に。コーヒーを淹れて、すきな音楽をかけて。
こんな時代だからこそ、まっさらなノートをひらいて、新たなじぶんと出会う旅にでかけてみませんか。



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